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フラヌール地帯

あるがままに、わがままに。感じたことがコトバになる場所。

Spotify が教えてくれる最新の「音像事情」とデジタル静寂没入体験

SpotifyをFREE版で始めて3ヶ月ほど経った。

 

気が向いたときに海外のトップチャートを流し聴き、が主な用途。

FREE版でも機能的に不足はなく、個人的には充分に楽しめている。

(ときどき直訳っぽい台詞回しの広告は入るが)

 

 

で、そのチャートというのが、これ。 

open.spotify.com

 

このプレイリスト、「今一番再生回数が多い曲(毎日更新)。」と銘打たれている。まちがいなく海外の最新の流行りもので構成されている。

自分はテレビも雑誌も読まないし流行にはとことん疎い方だけれど、音楽に関しては一応自主制作も続けてるアマチュアミュージシャンの端くれなので、曲やその音のディテールに目がいくコダワリというものは、人並み以上に持っていると認識している。

 

 

このチャートを一言で表すと

 

いやーハイレゾでエレクトロだな〜(呆)

 

ではあんまりなのでもう少し細かく。

曲はどれもEDMやヒップホップ的なのだが、共通して個人的に耳に残ったのは

 

・音数(使用サウンド)が存外少なくシンプル

・キメや展開の要所でに完全な無音がある

 

 

 

ほかにも定番だけど、

・耳たぶまで面制圧してくる分厚い重低音

・過剰編集で人間辞めた唐突な音感がクセになるケロケロボイス

・シュワシュワやンファンファした高音シンセ

・ゴム毬のような質感の人工キックドラム

 

とか、色々言えば言うほど出てくるんですが。

音の話ばかりですね。

 

 

言い訳するのではないですが、なにせ歌詞がよくある普遍的な恋愛モノだったりすると、余計に音に耳が行ってしまうのです。

だって歌詞だけ聞いて眺めていると、

「あーそうか、また恋の歌か」

「ハイハイ始まりましたよ、 I love you とI always be with you 」

「ほんと盛り上がるとすぐ Wo- Wo-Wo- か Oh-Oh-Oh- でフィニッシュだなこの人たち」

 

という感じで、特に印象に残らないんですが、ひょっとしたらこれは僕の心のアンテナが今この時の恋愛というモノにフォーカスにできてないせいで、今をきちっとフォーリンラブしてる人達にとっては琴線鷲掴みのクリーンヒットなのかもしれません。

にしても、なんだか邦楽よりも洋楽の方がこの辺の歌詞はワンパターンになってるような気がするが、はて。

 

 

 

 

というわけで、上の太字の2つに関して音の話ですが。

 

シンプルさというのはどういうことかというと、曲によっては

「この曲めちゃアガるけど……あれれ、これだけしか音鳴ってない、なぜだ?」

という感覚で。

歌モノならば重低音と2~3のドラム的なパート以外の音は極力なくしているように聞こえる。

そもそも、構成と音選びが上手いのは言わずもがなで、それに加えて曲の進行と展開のために余計な音を付け足したりせず、最後まで最小限の味付けで美味しくしてしまうのは、このキモがプロの引き算のマジックなのだろう。

 

それに付随して、サビやら盛り上がる展開の要所に、ビタッと演奏が止まり、完全な無音を挿入して演出してる曲もあり。

機械の力で唐突にミュートした感じは、ここまでやられるともはや引き算どころではなくて除算(しかも余りゼロで完全に分割されてますね、音と音の間が)である。すごい解法だ。どこまで音を無くすつもりだ。恐るべし。

 

 

この情報量の少なさが洗練した音に聴こえさせていると思う。

ただしそれは今に始まった事ではないのも確か。

 

逆にいえば、作家の技量以外に少ない情報量の音で最大限に際立っているのはなぜかと考えたら、脳裏をよぎったのはやはりこれ。

 

 

 

技術の進歩でハイレゾになり、音像がよりクリアでダイナミックで鮮やかになったため

 

 

 

 

ーーほんと平凡な思考ですみません。

 

でも、技術の進歩と音響の感じ方って、常に密接だなとも思っておりまして(にわかに弱腰)。

 

1つ1つの音がクッキリハッキリノイズレス、おまけに質感も量感もたくさんに持たせて、まるで目の前に曲の世界が広がっているような体験感覚。シンプルでもド迫力。

その裏ではハイテク音響技術が、これまでのエンジニアのミックスノウハウと相乗効果をもたらしているんじゃないかという考えに至ったわけです。

 

大前提に音以前の作曲テクニックとかがあるにしても、ああして無音部分が際立つのは豊富なダイナミックスが一役買っているのかもしれない。

 

 

 

あとはなんだろう。

コンテンツに対峙する環境と心理分析なんかもできちゃうのだろうか。

 

つまり、イヤホンなり何なりコンテンツを視聴している状態で、動音楽に没入している主体である自分は、擬似的に外界をシャットアウトした無音の空間に居る(だから外出先では歩きスマホという事故に繋がる)。

 

また、ネットの世界も没入してしまえば、自分とインターフェイスを除いて存在しないある種の身体というもののない隔離世界に擬似的に入っているようなものだと思えば。

没入感、フロー状態と、ハイレゾ、ノイズレス、ミニマル、無音といった諸々の要素がリンクしてるならば。

 

五感に対する情報の飽和攻撃で誘うアッパーなトランス状態とは反対に、どこまでもクールに減算していくことでフロー空間に入り込ませる。

ノイズの轟音によるトランス状態とは逆もまた然り。もしかしたらこちらの方がより「脳的」な入り方なのかもしれない。演出された真空状態によって脳(意識)が身体から吸い出されていくようなフロー状態、というとちょっとホラー。

 

もちろん、静寂が強調されているとはいえ、曲全体としては盛り上がるところは派手に盛り上がって、最後はやっぱり「パーリィ」なんだけれども。

 

ただ、もしもこれから先、作られる音楽がどんどん「極端に静か」になってゆく、もしくは1曲のうちそういうパートの占める割合がどんどん増えるとしたら、それはそれでスゴい。反動で超爆音でトリップするパートが出てきそうだが。

ちなみに、多分その頃には、歌モノだったらあらゆる感覚を通して目の前で歌手が自分に向けて唱っているように錯覚するだろう。

(今回ジェームズ・ブレイクとビョークはちょいと置いといて……)

もちろんバーチャルも視聴ツールも進歩してて、レッツ感覚OFF、究極の無音へ全身全霊で仮想空間ダイビング。

 

 

と、このように “理屈ん坊 男子” のあれこれ想像力を思わぬ方向まで膨らませてくれる、海外の新鮮な「音像」事情をシームレスに体験できるという点では、Spotifyはひとつメリットのあるサービスだと思う!(Yes, パワーファイト

 

 

 

 

 

P.S.

皆さんは、もうすぐ公開のスカーレット・ヨハンソンのあの映画は見に行かれますか?

僕は荒巻を見るとつい笑ってしまいそうなので仕事場の友達と一緒に観に行こうと思います。

 

ghostshell.jp